大学生準即―最後のフールズ・メイト―
2013年某日
3週間ほど前になるだろうか。
yuuはかのじょに声をかけた。
「こんばんは。この辺で一番ピクニックなリュック背負ってるね。めっちゃ似合ってるやん。」
持ち物いじりは当然のシカト。渋谷ではよくあることで。
「これから登山?やる気ねぇな。そんなヒールじゃ登れないぜ。高尾山は道玄坂とは違う」
「君みたいなギャルっぽい子って,ヴィトンのバッグとかもって全然似合ってないのがありがちなパターンじゃん?」
「君は違うね。自分をもってる。」
「分かるよ。だって俺もちゃんと自分で選んで生きてきたから。で,今日も自分で君を選らんで声をかけた」
くすっと笑い、かのじょは応答した。
「いきなり熱く語らないでよ」
渋谷のスクランブル交差点。
かのじょは、間違いなく8―学校で一番かわいいレベル―だった。
迷わなかった。
声をかけた、
タレ目な笑顔に、yuuは一瞬で魅了された。
20分和み、ナンバー・クローズして放流した。
今日は、かのじょとのアポだ。
アポがこんなにも待ち遠しいものであることを、久しく忘れていた。
渋谷犬前。
かのじょは15分早く到着していた。
店に到着し、和みを開始する。
付き合った人数は4人。
全員が年上で,高校生のころから社会人と付き合ってきた。
いずれも短期間しか続いていない。
前の彼氏とは2ヶ月前に別れていた。
同世代の男では物足りないのか、少し背伸びがしたいのか、年の離れた男に憧れてしまう。これまでにもyuuがよく経験してきた女の子だ。
ただ、話しいていて何か違和感があった。
違和感の正体を掴めなかった。掴みたかった。
違和感の正体は?
「ねぇ。ちょっとこっち見て。何か変なんだ。」
yuuはかのじょの目を見た。
分かった。
合理的な理由はない。
しかしこれは確信だった。違和感の正体を直観した。
「嘘をついてるね。」
「え!?」
当惑するかのじょは,また美しく。
「分かってたさ。何かずっと違和感があった。何の嘘か当ててあげるよ。」
かのじょの眼球は落ち着きが悪そうだ。
「本当は彼氏が10人いるだろ?」
「いないよw」
「分かってるよ。今のは冗談。
君の歳は?x歳。これが嘘だ。本当はx-4くらいでしょ?」
ちがった。x-5だった。美若の季節が到来を告げる。
「どうしてわかったの?」
「何でも分かるさ。
大人を舐めちゃいけない。」
今までの彼氏とは,自分が子どもすぎたためにうまくいかなかった思っているようだ。
だからかのじょは、年齢を偽った。
「アホか。わざわざ大人ぶらなくても君は十分に魅力的さ。
俺のタイプじゃないけど。」
いつもの癖でつい軽くネグってしまった。それでも、魅力的だというのはyuuの本心だった。
もう十分に魅了できただろう。
かのじょは年齢を偽った。
なぜ?
その理由が含意するところは,この嘘はかなり強力なIOI―Indicator Of Interest: 脈ありのサイン―だということだ。
yuuのことを潜在的なパートナーとして認識していなければ,そもそも嘘をつかなかったであろう。
かのじょの嘘は,あるいはただのくそテスト※2だったかもしれない。
問題はない。
ともかく,その嘘を見破った。くそテストをクリアした。
DHV―価値の提示※1―だ。
「場所を変えよう。」
店を出て,家打診。
「同僚と宅飲みしたときの酒があまってて。一人じゃ飲めないから一緒に飲んでよ。」
家に行く。やることはただひとつ。セックスだ。
ただ,「セックスしよう」では普通の女性はついてきてくれない。たとえかのじょにもやる気があったとしても。
精神脱出用ハッチ―かのじょがセクシャルな行為に踏み切るための非セクシャルな言い訳―が必要だ。
若干のグダ。
「帰らなきゃ。」
明日休みでしょ?駅近いし,始発で帰ればいいさ。俺も明日休みだから,という解放トークになっているのかどうか微妙なトーク。
解放。
yuu宅。
少し和んだあとに、
シャンプールーティーンからいきなりフェイズシフト。
グダ。
「もうそういうことはやらないって決めたの。」
この最終抵抗は形式だ。yuuはそう思った。
判断ミスであることに,この時は気づかなかった。
「そうか。」
と口では言いながら,yuuは手を動かし続けた。
身体的抵抗はなかった。
かのじょが呟いた。
「ヤれればいいんだよね。」
yuuは無言で続けた。
行為を終えた。
かのじょはハグを求め,yuuはかのじょに応えた。
かのじょは,yuuの腕の中でいつの間にか眠っていた。
彼女にしようか,セフレとしてキープしようか。
そんなことを考えているうちに,yuuも眠りに落ちた。
朝,かのじょの口数は少なかった。
そそくさと着替えて出て行く準備を進めている。
yuuは,何も言わずに見ていた。
次はないだろう。そう予感しながら。
フールズ・メイトという言葉をご存じだろうか?
英語圏のナンパ師であるピックアップ・アーティストたちが、チェスから借用して即に与えた呼称である。
出会ってから相手を魅了し、2人の間に信頼を築き、そして性的に誘惑seduceする。フールズ・メイトを狙わない着実なsolidゲームは、このフローを辿る。このフローを完遂するには、通常7時間のコミュニケイションを要するという。
チェスの世界では、最短の手で相手を詰めてゲームに勝つことをフールズ・メイトと呼ぶ。それにちなんで、ピックアップ・アーティストたちは、即をフールズ・メイトと呼ぶ。信頼を構築するフェイズをすっ飛ばして、一気に誘惑フェイズ―セックスの段階―へと持ち込む。
今回は,フールズ・メイトだった。
セックスするまでに2人が話した時間は,3時間程度だ。
信頼構築が不十分であった。
違う。
信頼は築かれた。
短時間の間に。
yuuはせっかく築いたその信頼を,自分から壊したのだ。
あのグダは,セックスという目的に照らすと,たしかに形式グダだった。
しかし,長期的な関係を築くという観点からすると,グダではなく拒絶だった。
ただ性欲に駆られたyuuは,それに気付なかった。
かのじょは,年上の男性に気軽に体を許し,失敗してきた。
かのじょは,そんな自分を変えたかった。
yuuとは,そういう始まりにならないように,かのじょなりに努力していたのだろう。
yuuは分かっていた。
にもかかわらず,無視した。
yuuは,かのじょが捨て去りたいと思っているセルフ・イメージを強化しただけだった。
帰り際に,かのじょが言った。
「こんな風にならなければよかった。もう連絡しないで。」
少しの沈黙のあと,yuuは応えた。
「その方がいいなら,そうするよ。」
かのじょは出ていった。
さよならのあいさつはなかった。
※1
DHV: Demonstrating(or Delivering Higher Value)
生存Survivalし生殖Replicationを果たしたい。これは,遺伝子がわれわれにプログラムした本能的な欲求である。
S&Rに資する行動は,本能に刺さる。高いS&R価値を提示する男性に対して,女性は無意識的に惹かれてしまう。
自分が高いS&R価値をもっていると示す言動は,すべてDHVである。
※2
クソテスト
男が彼氏orセックスの相手として適切かどうか見極めるために女が使う,質問や要求のこと。高スペに話しかけたときの一件冷たくとれる態度もここに含まれる。
額面通りに受け取った場合,男は失格となる。cf. 『ザ・ゲーム』
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