大学生準即―オープナーの耐えられない軽さ,αの重さ―
2013年某日
20:30
渋谷の109前に到着。
かのじょの姿はなかった。
ドタキャンか。遅刻魔か。
ストを打とう。TSUTAYA前に向けて一歩踏み出した瞬間、携帯が鳴った。
「ごめんなさい。今09の中にいます。もう着きましたか?」
あれは、3週間前の金曜日だった。
かのじょは友人と2人で、夜の六本木の交差点を浮かない顔をして歩いていた。
「俺たちが楽しませてやろう。」
レビトロとともにコンビで声掛け。
考えられる限り、もっともくだらないオープナーを切った。
「道を聞きたいんだけど、ここ知ってる?」
「えwwちょっとwww」
笑ったかのじょはかわいかった。
ともかく、第1目標は達成した。
次のフェイズへ。
「ってのは冗談。君たちがあまりにもつまらなさそうにしてるからさ。
どうしたの?そんな顔して。金曜日は嫌い?」
IDを忘れて、vanityに入れなかったらしい。
一瞬の和み。
その日はレビトロとの定例クラナンの日だったので、ナンバークローズして放流した。
7※1。低身長。yuuのタイプだった。
たったそれだけであった。
5分も過ごさなかっただろう。何を話したのかも覚えていない。
しかも、明らかなネタナンパ。theがつくほどのneta-nanpaである。
アポの確度は低い。
そう踏んでいた。
ナンパは、この日本において、タブーといっていいほど半社会的な行為である。
その半社会的な行為が、成功する。
なぜか。
偶然の装いが、反社会性を免罪するからだ。
偶然は、あくまでも装われたものである。
本当は、ナンパをして、ナンパされることをお互いに意図している。
しかし、そこに何かの常識的な退路が曲がりなりにも残されていること。
これが成功するナンパの条件だと考えていた※2。
クラブに踊りにいった。六本木を歩いていた。
そこで、たまたま声をかけられた。
すべてが、計画された偶然である。
踊るという目的や、何の変哲もない声掛けは、その計画性に気づかないふりをするための言い訳であり、あまりにも見え透いたカモフラージュである。
ナンパを支えるのは、このアイロニカルな偶然性である。
今回は、これを無視した。
あらかじめ用意された地図を見せた。そこに偶然性が立ち入る余地はなく、計画性が支配していた。
クラブに入場後、かのじょからLINEが飛んできた。
「vanity、やっぱ入れなさそうですか?」
無視した。
あのようなナンパが、かのじょを惹きつけるはずはない。
yuuに連絡してきた目的は、yuuではなく、vanityへの入場である。
そう考えたyuuは、そのLINEを無視していた。
俺は、妥当か?
数日後、ふと頭によぎった。
yuuはたしかに、もっともらしい仮説を立てた。
偶然性は、成功するナンパの必要条件であると。
その仮説は、検証されたものか?
検証されていない。
検証できるのではないか?
しかも、低コストで。
LINEをひとつ飛ばせばいい。
かのじょにLINEを飛ばし、アポ打診。
yuuの仮説は、あっさりと棄却された。
偶然性は、必要条件ではなかった。
今回のアポの目的は、yuuの魅力をyuu自身が理解することである。
あからさまなナンパに、どうしてついてきたのか。かのじょにヒアリングするのである。
もちろん、準即もですよへへへ。
「どうした?背ちぢんだだろ?」
おなじみのこいつで軽くネグ。
「今から牛乳100杯ごちそうするよ。行くぞ。」
ビールを2杯注文した。
x才。某KnockOut大学文学部の学生。
こちらの目を見ず、早口でしゃべっている。
緊張しているようだった。
何かに怯えているようにさえ見えた。
何に怯えている?
人見知りか?
であれば、今回は来なかっただろう。
セックスか?
一度もギラついていはいないが。
有り得る。
ナンパという事実は、それだけでセクシャルな関心を伝達するのに十分だ。
じゃあ、今日はどうして来た?
何を求めてきた?
かのじょには、6年間付き合っている彼氏がいた。
その彼氏は、αメイル※3だ。
人間は、稀少なものを欲しがる。
αメイルは、その定義上、群れの頂点にしかいない稀少な存在である。
彼氏は、かのじょを極端に放置していた。
かのじょは、先日から六本木のクラブ―ナンパする方ではなく、会員制キャバクラの方―でアルバイトを始めた。そのことは、彼氏も知ってる。
彼氏は、それを許容していた。
αが成せる余裕の振る舞いだ。その余裕は、自分の稀少性をかのじょに十二分に伝えていた。
実際に、彼氏は複数の女の影を漂わせているようであった。
かれは、某一流企業に努め、仕事もできる。
名実ともにαである。
かのじょは、αなかれの彼女である。
話を聞くかぎり、かのじょは間違いなくモテるはずであった。
顔はかわいく、こちらの質問に的確に応えるだけの知性をもっている。
にもかかわらず、αの前では、そんな自分自身がどうでもいい存在に感じられる。
αが圧倒的だった。
かのじょは、αに宙吊りにされることで、自分に対する自信を喪失していた。
稀少なかれに対して、どこにでもいるわたし。
この非対称な構図に、かのじょは縛られていた。
かれを失ったら、よい男性には出会えない。そう信じていた。
3ヶ月前、そんなかのじょは、クラブに行き始めた。
男からのアプローチを得ることで、自分の価値を確かめたいようであった。
「彼氏ほど頭のいい人がいなくて。みんないい人なんだけど、微妙だった。」
クラブで出会った男は、かのじょの目にはβに映っていた。
一度αに魅せられた女性は、βには満足できないのであろう。
そんなかのじょも、一度だけ浮気をしたことがあった。
いや、この表現は正確ではない。
かのじょにその気はなかった。
泥酔している間に、サークルの男子に襲われていた。
レイプだった。
自分の価値を確かめたい。しかし、セックスは怖い。
このアンビバレントな感情が、かのじょの怯えにも似た緊張を生んでいるのだろう。
どうする?
解は単純だった。
yuuが、彼氏に勝るとも劣らないαであればよい。
これは不可能な解であった。
αになど、一朝一夕になれるわけではない。
何がその人をαたらしめるのか。
その人自身である。
その人が築いてきた社会的・経済的地位。
無数の女性との夜。
そしてこれらの根幹にある秀でた知性、野生的な体力、ひととなり。
その人の生が総体となって、αであることを女に悟らせるのだ。
yuuは、そのどれにも達していなかった。
この時点で、かのじょからのIOIは確認できていない。
積んだか。
まだだ。
本物のαではない。
しかし、αを装うことはできる。
αの雰囲気を出すのだ。
αは、女性に媚びない。
かれに寄ってくる女性など、いくらでもいるからだ。
αは、自分のことについて、決して多くを語らない。
わざわざ口に出さなくとも、自然と相手に伝わるからだ。
これらのことは、yuuが常に気にかけてきたことであった。
クラブで酒は奢らない。
女性と話すときは、可能な限り重心を後ろに。お前に興味はないんだ。姿勢でそれを伝える。
ドリンクフックで女性に声をかけ、前のめって必死にボディタッチをする男ほど、β臭を漂わせるものはない。
いつもどおりに実践するのみだ。
ネグ、ネグ、持ち上げる。
持ち上げるときも、相手の長所には当てない。
かのじょの魅力的な目を、褒めない人はいないだろう。
そこは無視する。
短所を褒める。
PUAは常に例外でなければならない。
ネグとともに、かのじょからのボディタッチが増える。
「おいおいちょっと待ってくれ。いつもそんな感じなのか?
俺はボディタッチで落ちるほど、簡単じゃないんだ。」
この冗談めかしたネグをかまそうとしたその時、
iPhoneが震えた。
昔vanityでバンゲした子からだった。
出るべきか?
頭のギアを一番上まで上げた。考えた。
出れば、チャラいイメージがつく。
これは、相手によってはネガティヴな効果をもたらす。
しかし、うまくいけば、αめかした余裕を伝えられる。
かのじょは、俺がクラブにいくことを知っている。
その時点で、ある程度チャラい人間だということは既に伝わっている。
それだけでは、ただのクラブによくいるβだ。
足りない。
実際に女性を惹きつけているαだということを示さなければ。
これは、絶好のチャンスだ。
目の前の君じゃなくても、代わりはいくらでもいるのだ、このメッセージを伝えよう。
「電話するから、少し黙ってな。」
そう言って、電話に出た。
電話口のかのじょは、yuuを誘ってきた。
友人との飲みが終わり、新宿にいるらしかった。
yuuは賭けに出ることにした。
これをきっかけに、一気に家打診をかけるのだ。
「ちょっと待ってな。」
そう言って、iPhoneの通話口をふさいだ。
「ワイン飲める?俺の部屋に、この前宅飲みしたときのが1本余ってるんだ。1人じゃ飲めないから、一緒に飲のもうぜ。」
即答はなかった。
失敗か。
いや、まだ手はある。
時間制限だ。
「あと5秒で教えて。じゃなきゃ、この子と飲むから。」
賭けに勝った。
電話口のかのじょに、会えない旨を伝え、電話を切る。
この勢いを逃してはいけない気がした。
立ち上がり、コートを羽織る。
「どうした?行くぞ。」
タクシーを使ってyuu宅へ。
「そうやっていろんな女の子と遊んでるんでしょ?」
肯定も否定もしなかった。
「よく言われる。真実は想像に任せるよ。」
ワインで乾杯。
和み。
そして、いつもお世話になっております、ロフトルーティーンからのベッドイン。
ノーグダ。
即or準即以外では抜かないと決め、オナ禁をしていたyuuは即効で果てた。
ことを済ませたあと、かのじょに尋ねた。
「どうして俺についてきた?」
「なんか、頭がよさそうだったから。
『しかしながら』なんて言うひと、初めて会った」
5分間の会話の中で俺が不意に発した「しかしながら」という一言が、かのじょに刺さっていたらしい。
女性はやはり、最大の謎である。
「子守唄の代わりに、俺の論文を朗読してやるよ。」
そんなことを言いながら、いつの間にか眠りについた。
今回の案件は、高スペだった。
満足できると思っていた。
しかし、できなかった。
悔しかった。
yuuは、αではなかった。
αを装い、さらに偶然に助けられただけであった。
おそらく、本物のαであるかのじょの彼氏は、yuuを鼻で笑うであろう。
最近のyuuは、ナンパに囚われすぎていた。
以前なら仕事のことを考えていた時間も、ナンパが侵食していた。
もっと自由に、自律的にナンパを楽しまなければ。
ナンパで遊ぶことはあっても、ナンパに俺の人生を遊ばれてはいけない。
ナンパは、あくまでもゲームだ。
生の全ての領域で成果を上げよう。
ナンパが目的ではない。
αになることが目的だ。そうすれば、女性も他のものも、自然とついてくる。
ナンパは、そこに至る手段のひとつにすぎない。
目的を見失うな。
目的は、αだ。
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CPS: ¥8,000
目標達成進捗: 12/30人
※1
クラスで一番かわいいレベル。
cf. 8, 9, 10とは誰のことか?
※2
ただし即系を除く
※3
哺乳類の群れを率いるオスであるリーダー個体のこと。その群れの雌は、かれの所有物である。雌は、かれの遺伝子を欲し、かれに群がる。
ちなにみ、βメイルとは、その群れに属するその他の雄のことである。βたちは、αのおこぼれにあずかることによってしか、自らの遺伝子を残せない。